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ご案内 / 第17回河合臨床哲学シンポジウム「非人称・前人称・無人称」


第17回河合臨床哲学シンポジウムを開催いたします。


 

第17回河合臨床哲学シンポジウム「非人称・前人称・無人称」

日時 : 2017年12月10日(日) 11:00~18:00

会場 : 東京大学 弥生講堂 一条ホール
    〒113-8657 東京都文京区弥生1-1-1 東京大学弥生キャンパス内

参加費1000円(資料代含む)学生無料

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


第17回河合臨床哲学シンポジウム.ポスター.pdf

 

◎パンフレットはこちらをクリックしてご覧下さい。
第17回河合臨床哲学シンポジウム 2017パンフ三つ折り外・内.pdf

 


出席者

◇ 挨拶・全体討論
木村 敏(河合文化教育研究所所長)

◇ シンポジスト
藤井貞和 (東京大学名誉教授)
野家啓一 (東北大学名誉教授・総長特命教授)
岡 一太郞 (もみじヶ丘病院勤務)
熊﨑 努 (東京農工大学保健管理センター准教授)


総合司会
谷 徹  (立命館大学文学部人文学科哲学専攻教授、間文化現象学研究センター長)

コメンテーター
内海 健 (東京藝術大学保健管理センター教授)
榊原哲也(東京大学大学院人文社会系研究科教授)

 


 プログラム

11:00  熊﨑 努 (発表1)
          「臨床場面からみた一人称の謎」
          ・コメンテーターとの討論

12:00  野家啓一 (発表2)
         「自己のゆらぎ:人称の迷路のなかで」
          ・コメンテーターとの討論

13:00  昼食( ~14:00)

14:00  岡 一太郞 (発表3)
         「統合失調症性残遺状態の一様態」
          ・コメンテーターとの討論

15:00  藤井貞和 (発表4)
          「〈前─文法〉の記述は可能か」
          ・コメンテーターとの討論

16:00  休憩( ~16:15)

16:15  全体討論( ~18:00))

 


趣意書
 
「あなたの御前で、私は私自身にとって謎になりました。」

  哲学の歴史は忘れがたい言葉を数多く生んだが、アウグスティヌスのこの言葉もそのひとつだろう。Philosophia(愛知)としての哲学は「無知の知」から始まった。さまざまな事柄を知る「知者」がなんと自己自身の無知を知らなかった。あるいは、自己自身の無知の「無知者」だった、と言ってもよいだろう。ソクラテスは、知者でなく「愛知者」であると自認した。彼は、自己の無知を知っていた。無知である自己自身を知っていた。自己自身の無知は、知者にとっては「弱み」だが、自己自身の無知を知るがゆえに知を愛求する愛知者にとっては当然の前提である。そこに弱みはない。
 「神と魂を知りたい」と述べたアウグスティヌスも愛知者であろう。だが、彼の場合、「罪」の意識によって自己の内部に深い亀裂が入ってしまった。自己自身を知れば知るほど、この亀裂は深まってしまう。これは、「病み」でもあるような「弱み」を顕わにする。こうしたことは、「ひとり」では起こらなかったかもしれないが、二人称の「あなた」(神)の前で一人称の「私」に起こった。語る「私」が完全に分裂してしまえば、その「私」について「告白」することもできなくなるのではなかろうか。いや、彼は「あなた」の前で救われもしたのだろう。むしろ、救われたからこそ、彼は、告白する愛知者になりえたのかもしれない。
 キリスト教は、強い「言語」優先的な思想を含む。言語・言葉が真に哲学的な問題になったのは、古代ギリシャではなくキリスト教中世であったという洞察は、正鵠を射ているように思われる。なにしろ「はじめに言葉があった」のである。その言葉が「肉」(子)として世界に現れたのである。「私」と「あなた」は、personであり、「人格」であるとともに「言語」的な「人称」でもある。子と父は人称的な関係で一体的に結びついている。しかし、人間においては、どうであったか。「私」は「あなた」の御前で――亀裂をはらんだ――「謎」として現れたのである。しかるに、近代の歴史はpersonを原理にまで高め、personal identity(これは「人格的同一性」などと訳されるが、「個人的」という意味で単独化された「パーソナル」な自己同一性でもある)という概念を発展させ、それに「帰責の主体」の役割さえも担わせることにもなった。それどころか、personは、「手段」にならない「目的」そのものにさえ、「価値」を越えた「尊厳」を備えたものにさえ、高まった。では、謎は解決され、病は癒やされ、personは健全さの光のなかで自立・自律を得たのであろうか。逆に、それは(三人称というより人称のない)Es が登場することを準備したのかもしれない。いまや、謎が謎を呼び、新たな謎が現れてくる。あるいは新たな病が現れてくる。この歴史は西洋だけのものではない。「われわれの現在」においてさらにもう一度この謎と病に問いを向けたいと思う――臨床哲学の知を愛求しつつ。  (谷 徹)


《お問い合わせ先》

河合文化教育研究所

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