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大学入試に対してどのように向き合えばよいのか

 河合塾で新しくスタートするみなさんへ

大学入試の準備期間としてのこの1年、どのような気持ちで過ごしていけばよいか、丹羽健夫主任研究員が書いたものからお届けします。




◇大学入試に対してどのように向き合えばよいのか。 
         河合文化教育研究所 主任研究員  丹羽健夫

◎大学入試はいまの日本に残る、数少ないイニシエーションである

イニシエーションという言葉をご存知ですか。一般に「通過儀礼」と訳されています。例えば七五三。これは幼児から労働力を期待される子供へと、移行するための儀式であったのです。それから元服。これは男子が成人になったことを祝う儀式で、 11歳から17歳ぐらいの間に行われ、幼名を廃して改名することもありました。女子では髪上げなどがこれにあたります。

アフリカやオセアニアの諸社会では、一連のイニシエーション儀式のなかでも特に成人式や成女式が重視され、さまざまな肉体的試練を経るほか、新たな社会的地位の獲得に備えて、秘密の知識が授けられることが多く、そのために長い隔離の期間がもうけられていました。

このようにイニシエーションは、例えば農業社会のような固定的生産様式の、すなわち子孫に引き継がせるべき多くの変わらない技術やしきたり等を持っている社会に強く存在します。一方成熟した社会は、というより近代は、めまぐるしく変化する様々な産業で成り立っており、オルタナティヴ(なにものにもなりうる)な個人が要求されるため、特定の生産様式に直結した秘儀としての「通過儀礼」の影はしだいに薄くなっていきました。

しかしいかにオルタナティヴな個が要求されているにしても、高度な産業社会で必携武装として求められるものは、生きる上であるいは社会活動の上で基礎・基本となる知識や、論理力や、知的好奇心や、問題解決のための粘り強さなどです。そしてなによりも必要なことはこの世の本質に思いをいたし、自分および自分の居場所を追い求めているという行為の姿、かまえです。大学をめざして受験勉強中のこの時期こそ、そうしたことどもの仕込みの時、蓄積の時間なのです。そして大学入試はいまの日本に残る、数少ない本当の意味でのイニシエーションのひとつなのです。

この一年、沈潜した蒼い時間の中で君の知性を育てよう

大学入学準備期は、やがて来る通過儀礼の時に向けて、意識の上で自分を閉ざし、長期間隔離され、我々の先達たちが切り開いた知の世界を渉猟し、知的な驚きや問題解決の醍醐味に浸る期間なのです。そしてこの世と自分のことについて考える期間なのです。

わたしはいま大学の教壇に立ち、多くの大学生たちと友達になりました。大学生たちは一般入試で入ってきた子、AO推薦で入ってきた子、一般推薦で入ってきた子、付属高校推薦で入ってきた子などさまざまです。しかしいずれの入学方式で入ってきたにせよ、大学生になるために必要な基礎・基本を、時間をかけて懸命に身につけ、同時にものごとの本質について思いをいたしてきた子、すなわちイニシエーションに必要な本気の典礼準備を積み重ねてきた子と、そうではない子との間に、大人としての力の大きな格差を感じてしまいます。

さあ、蝶類がこの世にはばたいて行く前の、さなぎの中での、静かに沈潜した蒼い時間をここで過ごし、豊富な君の未来の君自身の魂や骨格をここで培ってください。
文教研は応援します。  2003夏『文教研れぽーと』より

 



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日本語は面白い・予備校は寺子屋だ

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◇日本語は面白い  

1. 日本文「私はお腹がすいた」
 表記の日本文を英語で書くとI am hungry . ですね。さてクイズ。英語には単語と単語の間に空きがあるのに、日本語の場合なぜ空きがないのか。ためしに前記の英語の空きを除去してみましょう。 Iamhungry.
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◇ 予備校は寺子屋だ   
 
学校というものはいつ頃からあるものだろうか。日本史で習ったと思うが、今の近代的学校制度の土台となる「学制」が発布されたのは明治5年(1872)、近々138年前のことである。しかもそれから13年を経た明治18年(1885)の小学校の就学率は49.6%であるから、軌道に乗るまでに何十年も掛かっているのである。
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