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生物学シンポジウム「生命機能における再生の現代像」

 生物学シンポジウムが開催されました。

生物学シンポジウム
生命機能における再生の現代像

 

 

◆「生命における再生現象」 趣意書       長野 敬  (2014/11)
                                    
前提的な考察

(0)(a)本年春から「STAP細胞(の存在)」が取り沙汰され、結論提示に11月一杯という期限が一応与えられているので、年末にかけて話題が多少再燃する可能性もあるが、この議論に入り込むつもりはない。(b)「生命」としては生命の起原以後、遙かに期間の長かった単細胞(細菌など)の時期から全部も含まれるが、これも当面議論から外して、一般にイメージしやすい「有性生殖する多細胞個体」のみを念頭に置く。
(1)対象をこのように絞ると、生命とは「受精細胞が分化を遂げ、個体となったものが、また次世代の受精細胞を生じて・・・」ということの連綿たる繰り返しとなる。げんに我々も含めて「生命」(生命体)が地球上に現存することは、繰り返しが途切れずに続いてきたことを示す。これは理論以前の、事実の問題。
(2)(a)受精直後の「未分化」細胞にも、遺伝子のセットはすべて分配される。こうして多細胞化(個体発生)の過程で全細胞に等しく分配された遺伝子セットは、その一小部分づつが適切な時期に機能を発現するように、時間的にも制御される。制御は一般に、数段階に階層化されているだろう。遺伝子発現と制御のこうしたイメージは、いま生物学での共通了解事項だろう。
(3)遺伝の概念、それどころか「生物学」(ラマルクなど)のはるか以前にも、発現制御の乱れが事実としては観察され、驚異をもたらした。奇形腫(teratoma)を17世紀に記録したプロット博士は、「母なる自然は元来ふたごを創りたかったのに、何かの手違いでこうしたものができた」と記した。現代の目で見れば、個体発達の適切な時期に、歯根や頭皮の適切な部位で発現するべき毛髪ケラチンや歯の象牙質、またはそれらを準備するべき酵素タンパク質のための遺伝子が、制御の枠組から逸脱して異常に発現したものと理解できる。
(4)(a)再生現象は、遺伝子が規定外の位置・時間の発現を行ったものと言えるが、ただし「規定外」であっても無意味・有害(たとえば奇形腫)でなく、個体の存続にかえって有用な結果をもたらす。(b)一方、受精卵からの個体発生の経過では、出発点以後の分化で細胞をそれぞれ異なるものとしてゆくべき遺伝子セットの制御が、まだ未確定であり、発生の進行につれて確立してくる。(個体発生は、「世代ごとに必ず根本から(ゼロから)反復される再生過程」と位置づけられるだろう。すべての有性生殖する多細胞生物(いま論じたい全生物)は、世代ごとにこの過程を経る。
(5)「普遍的な再生過程」である個体発生は、その一部分の反復、あるいは途中への「割り込み」も生じうる。ただしこれは必須の要件でなく「オプション」機能だから、生物ごとに実現の容易さに大差がある。(a)植物では栄養生殖と言われるもの(挿し木、ユリなどのむかご、ベンケイソウの挿し葉など)はこれに該当するし、ニンジンの根の「再生」実験などは教科書にも書かれるありふれた現象である。(b)他方動物、ことに「高等」動物では、全体の総復習の経過である個体発生以外の一部分の反復等は生じにくい。しかしプラナリアの再生芽、ゴキブリやイモリの脚の再生実験、同じくイモリの水晶体の再分化による再生など高校教材レベルでしばしば取り上げられるものや、社会一般にも知られているものとして「トカゲの尻尾切り」、またカニ、特にシオマネキの鋏の再生など、たくさんの例が列挙できる。
(6)以上のように再生現象は生物現象として珍しくない。やや逆説的にいえば、個体発生という「根源的な再生過程」が生命の永続で必須であった以上(前述4(b))、再生現象も当然、同様に必須であったし、今後も同じである。
(7)ただし、再生過程が「当然・必須」であることと、(a)この過程にかかわる細胞を医療の道具(ES細胞、ことにiPS細胞)として細胞レベルで取り出したことの功績(山中教授へのノーベル賞の理由)、および(b)この「道具」を実際に医療において一定の安全度(成功確率)で使う工夫には別の基準が必要である。
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 上で触れた(6)の点について追加しておけば、個体発生を「根源的な再生過程」とすることは、無理な位置とは思いません(生殖細胞のゲノムで受精を契機として変化する脱メチル化。そして再度のメチルによる細胞レベルの分化の進行は、再生過程と密接に関係しているでしょう)。

 とりあえずは、①遣伝学・遺伝子レベル以前の生物学史的な問題紹介と前史、②(a)「植物的」な再生の容易さ、③(b)「動物的」な(たぶん機能が器官に緻密に依存していることも大きい)再生の一般的な困難と、(c)それにもかかわらず特別の動物や部位に多くの事例があり、それらの紹介(プラナリアの頭尾極性、トカゲの尾やシオマネキの鋏の自切・再生その他・・・)、現在の基礎的な理解、平易な解説。(d)前記(7)で触れたような、実際の医療における問題点(たとえば成功の確度や、「副作用」など、それにもかかわらず今後への期待)のうち、ことに②と、③(a)~(d)に関して、なんとか話題を絞ってゆきたい所存です。

 

生物学シンポジウム
生命機能における再生の現代像

◇日時 2015年7月5日(日)15:00~18:00
◇会場 河合塾麹町校デルファイホール

 河合文化教育研究所としては初めての生物学シンポジウム「生命機能における再生の現代像」が、開催されました。

  再生治療に画期的な可能性を秘めているips細胞は、2012年ノーベル賞受賞の山中伸弥京都大学教授によってよく知られていますし、あのSTAP細胞事件など、細胞に関する分野はここ数年、世界的にも注目を集めています。
 このシンポジウムでは、その細胞の分化と自然界における生命の再生過程、さらに有性生殖との関連を、現代の最前線の研究をふまえて動物(大阪大学仲野教授)・植物(東京大学杉山准教授)それぞれの面からわかりやすくアプローチしました。なお挨拶と導入は河合文化教育研究所の長野敬主任研究員が担当しました。

◇プログラム
15:00 ~
 挨拶  長野 敬 (河合文化教育研究所 主任研究員)
 導入  長野 敬 
  遺伝学の辿った道── 生命の驚異から、分子の仕組みへ
15:20 ~ 
 講演  仲野 徹 (大阪大学大学院生命機能研究科 教授)
  エピジェネティクスとは?── 動物における生殖とリプログラミング
16:20 ~
 講演  杉山宗隆 (東京大学大学院理学系研究科附属植物園 准教授)
  再生しやすさの理解を目指して── 植物からのアプローチ
17:20 ~ 
 質疑応答


◇シンポジウムは長野敬河合文化教育研究所主任研究員の開会の挨拶から始まり、あとに控えるお二人の講演の導入となる「遺伝学の辿った道-生命の驚異から、分子の仕組みへ」が十数枚のスライドによって展開されました。
感想文に「昔の人が生体についてどう考えていたのかということを絵で説明してもらい、普段めったに聞くことができない話だったので面白かった」とあるように、配付したスライド資料を見ながら興味深くメモをとる光景が見られました。

 

 

 つづく仲野徹大阪大学大学院教授による「エピジェネティクスとは?-動物における生殖とリプログラミング」は、ときおり関西弁がまじるユーモアに富んだ話しぶりに、聴衆の笑いも入る雰囲気の中でアッという間に進みました。感想文の中から一つ紹介しますと「仲野先生のエピジェネティクスの話はとてもわかりやすい話でした。話方もうまく、テンポも良く、とても聞きやすかった」と満足そうでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し休憩をはさんで、杉山宗隆東京大学大学院准教授の「再生しやすさの理解を目指して-植物からのアプローチ」がはじまりました。一般的に植物の再生は「挿し木」など、ありふれたものとして見られがちで、その再生能力の高さは植物の大きな特徴です。しかし、その能力の高さについて、どのような分子メカニズムが働いているのか不明のままだったといいます。講演ではそのメカニズムの解明を詳しくていねいにしてくださいました。「生物の学習を終えていない学生さんにはややむつかしかったかも知れません」と理系出版社の方の感想にありましたが、しかし、最前線の研究の成果に触れることができたと思います。

 

 

 

 

 

 

 質疑応答は、長野先生からお二人にいくつか質問があり、会場からも6・7人から出て、中には塾生から鋭い問いかけがあり、仲野先生が良い質問ですねと応えていたことが印象的でした。こうして、終了時間を少々オーバーして、河合文化教育研究所による初めての生物学シンポジウムは幕を閉じました。

 当日麹町校では、朝から毎年恒例のエンリッチ講座「実験屋台-化学・物理・生物・地学・数学 文化祭」が実施されており、にぎやかな一日となりました。


2015文教研の栞  特集 生物学シンポジウム

生物学シンポジウムに向けて       長野 敬
◇特集 長野敬先生
 生物学シンポジウム──生命機能における再生の現代像


趣旨

◎生命機能における再生の現代像
 両親(雌雄)から子ができてくる有性生殖は、われわれにとって身近なものだが、その仕組みが大枠にせよわかってきたのはせいぜいこの1世紀半。しかしいま、仕組みの一部分は、細胞・分子の言葉でも語ることができるようになった。他方また、一度できた個体の一部分から再び全体ができる再生も、生殖と同じ道筋をもつという理解も進んできた。
 現場の医学では再生医療に突破口として期待がかかる。ひろく各種の生物の再生研究にも関心は高いが、動物と植物ではずいぶん様子が違い(植物の挿し木、株分けなど)、概して再生のむずかしい動物でも一部の種は目覚ましい再生能力をもつ(トカゲの尾やイモリの脚の再生)など、謎も多い。
 今回は入門的な案内として、(1)有性生殖と再生の共通性とはどういうことで、どの程度理解が進んでいるのか、(2)再生では、ある分化状態で収まっている細胞がその状態を脱して(脱分化)再度増殖を始めることが必要で、動物と植物でこの事態の生じやすさに大きな違いがあるように見えるのだが、違いは本質的なものか、乗り越え可能なのかなどの問題にどこまで迫っているのか等の現況を、なるべく分かりやすく紹介したい。