9.当たり前のことがいかに大切か
シベリア
これはクリマ街道、別名「血塗られた街道」と言います。
タイガのなかを一直線に延びるコリマ街道。山岳部はかなりの起伏がある。
スターリン時代に金を開発するために強制労働者が連れてこられました。
政治犯もいましたが、ほとんど何も罪がない一般の人も多くいた。
例えばポーランド人だから、ドイツ人だから、朝鮮人だからといって連れてこられた人もけっこう多いんです。
この道路の下はツンドラなので、ふつうに道路を作ったらすぐ陥没してしまいます。
だから、この道路の下は全部ヤグラが組まれて道路ができています。
この人は強制収容所に長くいたおじいちゃん。ポーランド人なんです。
二十歳の時は空軍の将校でしたが、ポーランド人だというだけで捕まり、シベリア送りになった。
奥さんも娘さんもいましたが、シベリア送りされている間に2人とも病死してしまった。
ウラジミルさんと先妻の肖像。先妻は強制収容所に入っている間に亡くなった。
マガダンにある強制収容所の慰霊彫刻
強制収容所で亡くなった日本人捕虜たちの遺留品
こういう人に会えるとは思わなかったので、会えるとわかり、
すごくスターリンを憎んでいるだろうし、社会主義も憎んでるだろうし、
あるいは人嫌いになって、世の中全体を憎んでいるだろうと思ったら、
すごくふくよかな顔をしている。自分は幸福だ、ここまで生きてきて幸運だったと言うんです。
ロシア人と再婚していますが、ほんとうにふくよかな顔をしている。
なぜだろうと思いましたね。
彼は1970年代に強制収容所から解放されますが、
その時、空の色とか空気まで違って見えたと言っていました。
そこで、彼に「何で今が幸福なのか」と聞いたら、家族と一緒に住めない、自分の好きなことが言えない、自分の好きなところに住めない、自分の好きなところに行ったりすることはできない、つまり、ふつうだったら当たり前のことができない、それが今できるということが幸せだということなんですね。
それがいかに大切なことかということが彼には身に染みてわかっている。
彼はポーランドへ行こうと思えば行って住める。
でも、奥さんがここにいるから、ここに住みたいから住んでいる。
ここでジャガイモを作り、ほぼ自給自足と年金で暮らしている。
その当たり前のことがいかに大切なことかを知っていて、
それを今、噛みしめているというか、それで多分すごく幸福なんだろうなと思いました。
【シベリアの先住民の楽しみ】
アマゾンの人たちと暮らしてきたというと、
あの人たちはいったい何を楽しみに生きているのでしょうかとよく聞かれますが、
僕は逆に問い返すんです。
じゃあ、あなたは何が楽しみで生きてるの?って、
すると、だいたいの人が答えに苦しんでしまう。
たいてい自分の子供の成長を見るのが生き甲斐だ、
自分の仕事がうまくやっていけることだ、
仕事仲間とちゃんと仲良くつきあっていきたいとか、
要するに当たり前のことなんです。
そんなことは向こうの人もやっている。
同じことなんですね、基本的なところは。
ほんとうに大事なことは、当たり前のことなんです。
例えば、彼らには映画がないとか娯楽がないとか、
そんなことは枝葉末節なことで、
人間の基本的な楽しみとか大切なことから比べると、ほんとうに小さなことなんです。
そういう意味でこの人たちを見ていると、当たり前のことがいかに大切かということがわかります。
【シベリアのインフラ】
さきほどペレストロイカ以来優遇政策なくなったと言いましたが、
ハシゴをはずされた感じなんです。
もう村が無くなっているんです。
というのはどういうことかというと、
ロシア政府から村として認められていないから、役所もないし学校もない。
だけどもここから移れない人が何人もいる。
ゴーストタウンというのはいくつもあるけど、旅費がないんです。
それから帰っても仕事がない、家もない。
だから帰れない。
そういう人が何人もいますが、こういう人たちはみんなソ連時代の方がよかったと言ってます。
一番たいへんだったのは道。
道がありますが、あってもほとんど水たまり。
酷いところは道すらない。
なぜかというと、シベリア鉄道に沿っているからなんです。
鉄道に沿って移動しましたが、複線だから線路を直す時も汽車を全部利用する。
だから道路はほとんどいらない。
大型の雪上車がたまに通るだけ。
だから道なき道というか、ぐちゃぐちゃな道を、
仙台に住んでいるロシア人のアレクセイ君と一緒に自転車で移動しました。
一番恐いのは川ですね。
背が立つところは自転車を担いで渡りますが、
背が立たないところは鉄橋を利用するしかない。でも汽車が来ると恐い。
大きな川を渡る手段がないので、鉄道の橋を利用。
彼はシベリア、ウラジオストック生まれですが、
極東シベリアの先住民の人たちのことは全然知らなかった。
一緒に行動をしていてびっくりしていました。
なんて凄いやつらだと言ってました。
ほんとうに手近にあるもので全部問題を解決するんです。
シベリア鉄道沿いに、ふたりだけでほとんど人に会うことはない道を自転車で走っていると、
ブレーキのパッドがすぐに擦れてしまう。
最初、坂道を下ってる時アレクセイ君が「関野さん止まらない」というので、
なんだと思ったら、もうブレーキが利かなくなってしまっている。
ゴムがなくなっている。だから止まらない。
「倒れろよ」と言いましたが、倒れるのは恐いんです。
幸い途中で平らになったから良かったのですが。
そういう時にどうしたかというと、
道端に落ちていた古タイヤを見つけてナイフで切って、
ボンドで繋げてブレーキパッドの代わりにする。
僕の自転車の場合、
ふつうパンクというのは、中のチューブに穴が開いたり破けたりしますが、
無理をして走って転倒したのでタイヤが破裂してしまった。
仕方がないから「基本は歩きだからな」なんて言って二人で道を歩きましたが、
村に着いたら子供用の自転車があった。
「タイヤ分けてくれない?」と言ったら分けてくれると言う。
ところがタイヤの大きさが全然違う。
子供用だからそうなんだけど、でも、はめてみたらはまる。
ただブレーキのところが合わないから、ブレーキは利かない。
まあ前の車輪だからいいかというので、そのタイヤを売ってもらって、前のタイヤは捨てました。
だけど、空気入れも、
ふつうツーリングの場合は小さな空気入れを使いますが、
その時はでっかいポンプしかない。
それしか合わないタイヤなのですが、15分も走ると空気が抜けてしまう。
だから10分か15分おきにタイヤをふくらませながら走りました。
そのうちに、今度は子供用だけどマウンテンバイクを持っている子供がいたのでつかまえて
「売ってくれ」と言ったら、
「自転車一台分のお金払ってくれるなら売ってやる」って生意気なことを言う。
でもしょうがないから買いましたが、
だんだん良くなって、最後は大人用の自転車があって、それを買って、
やっとブレーキが合うようになった。
そういうふうに自分で工夫しながら、
アレクセイ君と「オレたちもやっとシベリア人になったな」と喜んでいました。
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