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3、 イスラムの人たちの優しさ


 3.イスラムの人たちの優しさ

今回の旅というのはひとりではできない。いろんな人たちの、もちろん一緒に歩く仲間もそうだけど、途中で出会う人が本当にみんな魅力的な人で、いろんなところで手伝ってもらって、それで初めてできた旅だと思っていますし、同じ日本人だったとしても、例えば親がちょっと体調悪いからケアをしなければいけないとか、子供がケガをしたとか、そういうことがあったら、しがらみで動けないこともあるわけで、とにかくそういうことをなんとか自分はクリアーできた。ほんとにラッキーな日本人だと思っています。
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それでアフリカに渡ることができました。最初の国のエジプトはぜんぜん問題ない国だと思っていました。それまで全部で35カ国、中米ではたくさん国を廻わりましたが、あとはアメリカ合衆国、カナダ、ロシア、中国、モンゴル。
大きい国ばかり通ったので国の数としてはそんなに多くはありませんが、その35カ国通ったうちで、一番の警察国家がエジプトでした。

          エジプト

入ってみてびっくりしましたが、全部警察の監視と護衛付きです。なぜかというと、また日本人と関わりますが、日本人が観光の一番のお客さん。観光立国というか、他に資源のないエジプトは観光資源だけはたくさんあるわけです。ピラミッドを初めとして、エジプトの遺跡がたくさんあります。そこに来る人の中で一番お金を落としてくれるのが日本人です。高級ホテルに泊まってくれて、なおかつお土産をたくさん買ってくれる。ちゃんとガイドもつける。

そういう意味で日本人はすごいお得意さんですが、数年前、ルクソールという観光名所でイスラム原理主義、まあイスラム過激派の人が観光客を襲って殺してしまった。ほとんどヨーロッパ人でしたが、その中に日本人が十数人含まれていました。イスラム原理主義と言ってはいますが、本当は原理主義とは言っていない。キリスト教原理主義とは言いますが、ほんとうはイスラム原理主義という言葉はない。だからイスラム主義といった方がいいんですが、その時に日本人の観光客がパタっと停まってしまった。パタっと途絶えて失業者がたくさん出た。観光業者、旅行代理店、ガイド、通訳、それから土産物屋の売り上げも減ってしまった。

                 カルナック神殿

そんな状況の中で、エジプトの全行程の半分くらいをテレビ番組のために撮影する必要があったんですね。たしかに、エジプトの政府としては、観光客を呼びたいわけだから、汚いところとか、見てもらいたくないところは映してもらいたくない。また、いろんな人にインタビューしたいと思ったけど、それが全部監視付きなんです。要するに下手なことをしゃべらせない。そして完全な護衛付き。

要するに日本人に何かあったら、日本人の観光客が来なくなってしまうのが恐い。だから警官はしょっちゅう交代しますが、いつも護衛付き。ひどい場合は、途中で自転車に乗るのやめてくれと言われました。なぜかというと、事故があったら私の責任になるから車に乗ってここを走ってくれということでした。

私がやっていること、何をやっているかわかっていますか、と言うと、わかってるけど、とにかく何かあったら私が責任をとらなければならないから止めてくれという。そういうわけにもいかないといって、何回か言い争いをしながら、ほんとに嫌な思いをしながらエジプトは通り過ぎました。


さて、問題はその次のスーダンです。スーダンというのは数年前までオサマ・ビンラディンが住んでたところです。彼が土建会社をやっていた国です。ケニアとタンザニアの大使館爆破事件が起こった時に、多分ビンラディンが犯人じゃないかとアメリカは断言して空爆を行った。

そういう国なので、果たして9月11日以降どうか。恐れていたのはカウンターテロでした。要するにアフガンにアメリカが空爆した場合、それに対してイスラム過激派の人たちが、外国人に対して攻撃をしてくる可能性が一番高かったのが、サウジアラビアとスーダンだと言われていました。そこでどうしようかと考えた結果、ラマダンの時なら大丈夫じゃないかということで実行しました。

ラマダンの時ならアメリカは空爆をやめるのではないか、ラマダンというのは聖なる月、みんなが断食をする月なので、その時に空爆を続けていたら10億以上いるイスラム全体を敵に廻すことになる。そういうことはアメリカはやらないんじゃないかと思ってラマダンの時に入っていった。ところがご存じのように関係なく空爆は続きました。アフガンの北部同盟もイスラム教徒だけど、攻撃を続けていたからタリバンも抗戦し、結局戦争は続きました。

          スーダン

 

だけど、もっとびっくりしたのは、全然関係ない。関係ないというか、むしろ警戒してたのがバカみたいというか、スーダン人の人の良さというか、イランもそうでしたが、イスラムの人々の人の良さ、こんなに人がいいのかと思いました。

          イラン


例えばイランに入った時、イランは日本人にとって非常に印象が悪いわけです。偽造テレカを作ったり、薬を扱ったり。それに先ほど話したように、ロシア人が同行しました。ロシアとイランはたいへん仲が悪い。一時イランという国は、半分はイギリス、半分はロシアの支配下に置かれていた経緯があったので、ロシア人を連れていくこともあまりいいことではないと思っていました。

                イラン

ところが、実際入ってみると全然違う。大歓迎を受けました。アレクセイ君という26才のロシア人青年ですが、イラン人の人の良さにあきれてというか、感激して、イランというのは人の良さが宝じゃないか、というほどにほんとうに、人がいい。大歓迎してくれました。スーダンも同じ。こんなに人がいいのかというほど、人がいい。とにかく親切ずくめでした。

           イラン

ラマダンの月にイスラム教徒は断食をします。とにかく日が出ている間は食べ物を食べちゃいけない、水も飲んでもいけない。人によっては唾も飲んじゃいけないと言われていました。ところが病気であったり、旅をしている間はそれを免除される。だからラクダでヌビア砂漠という、非常に条件の悪い、暑いことで有名な砂漠を通るので、旅をしてる間はやらないんじゃないかと甘く見ていましたら、とんでもない。


          スーダン



ラクダで一緒に同行してくれる親方を二人頼みましたが、「オレたちは断食する」というわけです。だから断食に付き合うことになりましたが、ちょっと暑さが緩んできた11月だからでできましたが、これが5月とか6月の一番暑い時だったらたぶん途中で止めていたでしょうね。

          スーダン



彼ら自身、なぜ断食をやるかといえば、やっぱり食べられない人、飲めない人がいる、そういう人たちがどう思っているかということを想像する。断食をすることによってそれを感じるというのが大切な目的なわけですけど、実際に腹が減るとか、喉が乾くというのがいかに辛いことであるか、別に初めて知ったわけじゃないけど、あらためてわかるというか、まあけっこうやって良かったでしたね。お腹が空くこと自体はそんなに辛くはないけど、やっぱり喉の渇きがちょっと辛い。


南米の旅を始めてから30年以上旅をしていて、30何年かのうち半分以上は旅をしていることになりますが、一番おいしいものは何ですかとよく聞かれます。一度アマゾンを歩いている時に塩を忘れて1週間以上旅をしたことがあります。私はそんなに濃い味じゃなくて、淡泊な味がもともと好きなのに、塩がないとこんなに辛いのかと思いました。非常に辛かった。

塩のあるところに戻ってきて、普通の白いご飯に塩をかけて食べたら、あぁこんなうまいものはないとつくづく思いました。要するに、腹が減っている時に食べるものというのは、何でもうまい。逆にいうと、腹いっぱいの時だったら、私は蟹が大好きですなんですが、腹いっぱいの時だったら、塩がない時に旅した後の塩をかけた白いご飯よりも蟹の方がまずいと感じると思いますね。砂漠で水を制限しなければならない旅を続けてきた後、水を浴びるほど飲めるようになった時のように。ないものがあるようになった時、その嬉しさがよくわかるということじゃあないでしょうか。

 

 

☆イスラムの人たち

 

グレートジャーニーをして、一番最後の年というのはイスラム教徒との付き合いでした。
最初に南米からグレートジャーニーを始めて、ずっといろんな宗教の人と付き合ってきました。南米、中米それからロシアまではキリスト教、クリスチャン。それからモンゴルに入って、チベット仏教。一時シルクロードでイスラム教。チベットでチベット仏教。それからネパールはヒンズー教徒。それから中央アジアからはイスラム教徒。最後の年はずっとイスラム教徒と付き合ってきました。

          トルコ



一緒に旅をしていて、あるいはイスラムの国を旅して思ったのは、非常に人々が優しいということでした。
日本でイスラム教徒というと、特に同時テロがあって以来、イスラムというと恐いというイメージ、過激だ、戒律が厳しいというイメージになってしまいますが、実際に歩いてみるとそんなことはない。むしろ優しい。特に、自分にとっては厳しいけれど、人に対しては優しい。例えば断食をしながら旅をして村に入ると、みんな呼んでくれます。みんな外で食事をしていて、食べられない人とか旅人を呼びたいんですね。陽が落ちるまでずっと一緒に待っています。


            トルコ



一日の断食が終わるというのは、陽が落ちてもダメ。ラジオの放送を聞いていて、もういいですよというと、一斉に食べ始めます。最初に水を飲みますが、その一杯の水が非常にうまい。これをみんな外で待っていて呼んでくれます。後で考えたら、こっちはなんか申し訳ないな、ごちそうになって悪いなと思うわけですが、彼らにとってみるとそうではないらしい。

           シリア


なぜかというと、イスラム教徒にとってやらなければならないことには、巡礼とか礼拝とか5つの善行で、そのうちのひとつに喜捨、要するに困っている人に恵みを与えなさいというのがある。そういう意味では、彼らに善行をさせてあげているんだということらしい。彼らにとって、いま生きているということは大切ですが、もっと大事なことは、最後の審判で天国に行くこと。せいぜい70歳か80歳までしか生きられない彼らの一番の目的は天国へ行くこと。天国に行くために善行をしなければならない。その善行をさせてあげてるんだと、後でイスラム教徒の人から説明をしてもらいましたが、だから、みんないいことをしようということなんですね。

           シリア パルミラ遺跡



戒律が厳しい。たしかに巡礼をしなさい、喜捨をしなさい、礼拝をしなさいという。でもよく考えてみると、そんなに難しいことを言っているわけじゃあないんですね。イスラム教徒と社会主義はすごく仲が悪い。一時イエメンが社会主義になったことがあって、その時、ビンラディンはサウジアラビアの王様にイエメンを攻めなければならない、社会主義を打ちのめせと勧告したほどなんです。イスラムというのは とにかく神を信じる。社会主義の国というのは神を信じてはいけない。相容れないわけです。

 

旧ソ連を通った時に思いましたが、食堂でも2つある。それは国立のあるいは公立の食堂とそれからプライベートな食堂。それがぜんぜん違う。プライベートな食堂に入ると普通のサービスをしてくれるし、まぁほどほどのものを食べさせてくれる。だけど国立の食堂に行くと3拍子揃っている。マズイ、サービスが悪い、遅い。なぜかというと、ひとつは一生懸命サービスをしても、美味しいものを食べさせても、給料は変わらない。一生懸命やってもサボっても同じだと、やっぱり人はサボるということでしょうか。

あんなバカでかい国じゃなかったら、たぶんそうじゃないと思いますね。僕はアマゾンなどで、能力に応じて働いて、必要に応じてものをもらうという社会をいくつも見てきました。でもそれは、みんな人が会話できる範囲の集団なんです。ソ連みたいにバカでかく、中央で管理されているようなところで、能力に応じて働き、必要に応じてものをもらういうことが、果たしてできるか。ソ連の食堂で食べたりしながら考えて、それは無理だろうなと思いました。

もうひとつ。社会主義の描いた人間像というのは完璧を求めている、その求めている人間像は普通の人じゃないんですね。それに対して、イスラムの思い描いている人間像というのは、普通の人を想定している。そんな理想に燃えていない。戒律というのは何かといえば、普通の人にもできるということなんです。これだけのことをすれば天国に行けますよというマニュアルじゃないかと僕には思えます。

          ヨルダン ベドウインの家族

 

そういう意味でイスラムの人のものの見方は、どちらがいいかは別にして、人に対する見方がすごく優しい、そもそも人は弱いんだということを前提にしています。そういう意味で優しい。だから、なぜそういう優しい人がああいうテロを起こすのか。不思議でならない。それなりの理由があって、ああいうテロを行ったのだと思いました。一緒に旅をしてそう考えました。

 

           エジプト


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 グレートジャーニーでは「旅は人力のみ」というルールを作った

 
 グレートジャーニーは奇跡の旅だった

  イスラムの人たちの優しさ

4 「足を知る」アファール人


5 
人間は進化はしていても進歩はしていない

6 自然に優しいとはー3つに集約


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