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1 グレートジャーニーでは「旅は人力のみ」というルールを作った

 

1、グレートジャーニーでは
「旅は人力のみ」というルールを作った 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

関野です、こんにちは。
今日はグレートジャーニーの話をしますが、8年9ヶ月、足かけ10年かかった旅を短時間でしゃべるのはちょっと無理なので、ポイントを絞って話したいと思います。

一番印象的だったのはどこですかとよく聞かれますが、それはいっぱいあるんですね。
ですから答えきれない。ただ、なぜ南米から旅を始めたのですか、アフリカで人類が生まれ、ヨーロッパ、アジア等々世界中に散っていったのに、なぜ南米なのですかと聞かれます。
それは僕自身南米に20年間通っていたということが一番大きな理由ですね。

ただ、僕の旅の発想を言いますと、移動する旅ではなくて、滞在型でした。
要するにここは面白いなあと思ったら何回も通うという旅。
だから、アマゾンでは30年間つきあっている家族がいます。
最初に会った時7才だった女の子が、今年はもう37歳だから孫ができてると思います。
その子のおばあちゃんも知っていますから、5世代のつきあいになります。
アンデスでもインカの末裔たちと20年間つきあってる村があります。
そういうアマゾンの先住民のところに入って行って廻りを見渡すと、本当に隣の誰かに似ているとか、どっかのおじさんに似てるとか、日本人とすごく似ている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


たとえば、彼らと同じものを食べ、同じ屋根の下で暮らしていて、お土産に太鼓とか弓矢とかもらって町へ帰って来ますね。
靴を穿くのがめんどくさいから、そのまま裸足で歩いてると、よく声をかけられたり、肩をたたかれたりして聞かれる。あんた何族だい?って。
それほど向こうから見てもすごく似ている。
そうすると、この人たちはどこから来たんだろうか?と本当に思うわけです。
ということは、彼らと似ている私、あるいは日本人はどこから来たんだろうかということと通じるわけですけど、そういう「どこから来たのか」という発想で、この旅も始めたので、それで、南米から始めました。

 

 ただそれだけじゃなくて、土地勘というのがありますね。
南米に20年間通っていたから、スペイン語はまず大丈夫だし、先住民の言葉もよく通ってるところならだいたい日常会話は困らない。
やっぱり土地勘というのは大事で、南米でなかったら、どこへ行ったらいいか、何がどこにあるか、どうやって行ったらいいか、いろいろ調べなければならない。
でも南米ならば手のひらの上とまではいわないまでも、だいたいわかる。

それから、肉体的に一番たいへんなのは、ベーリング海峡とパタゴニアのマゼラン海峡、それから南部氷床という氷河の上を200キロ以上歩かなければいけない。
アフリカに比べたら、旅の初めの方がたいへんなので、それは若いうちにやっちゃった方がいいなと、トータルに考えて南米から始めた方がいいと思って、南米から旅を始めました。


【ルールを作った】
自分でルールを作りました。
それは、まず自分の腕力と脚力に頼ること。
具体的にはカヌー、カヤック、徒歩、それから自転車。時にはスキーを履く、ただ家畜はどうしようか、馬とかラクダはどうしようかということを考えましたが、自分で繰れればいいだろうと思って、トナカイや犬を使いました。
これは自分で勝手に決めたルールなので、別に破っても構わないわけですけど、逆に自分で作ったルールだからきちんと守るようにしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の旅は、移動するというひとつのテーマがありました。
終わってみると、結局40いくつかの、小さなミニエクスペディションが集まってできています。
例えばカヤックによるビーグル水道の横断、マゼラン海峡の横断、徒歩とスキーによるパタゴニア南部氷床の縦断、それからゴビ砂漠のラクダによる横断、あるいは自転車によるシルクロードの走破。
そういう小さなエクスペディションが集まっている。

それを私は縦糸と呼んでいます。
要するに僕は布を織っているつもりで旅をしていたんです。
ただ縦糸だけじゃ布はできない。じゃあ横糸は何かというと、寄り道なんですね。
南米でやってたように、そんなに長くは時間取れないけど、できるだけ同じ屋根の下で同じものを食べながら、途中で、できるだけいろんな人と交流しようと思いました。
どういう人たちとつきあいたかったかというと、南米でつきあった人たちと同じように、伝統的な生活をしている人たち。
別の表現でいうと、僕は「自然との距離」という言い方をしますが、我々は自然との距離が非常に遠いところにある。
逆に僕が旅の途中で寄り道したかった人たちは、自然との距離が近い人です。
いや、むしろ自然の中に溶け込んで暮らしている、あるいは自然の一部となっている、そういう人たちのところに寄って暮らしを一緒にさせてもらいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


やっぱり、彼らはモノの見方とか考え方が違います。
そういうモノの見方とか考え方を教えてもらうことによって、自分のモノの見方とか考え方を、変わっても変わらなくても構わないですが、違う考え方があったらそれを知りたいと思って、寄り道をして、それを横糸としました。

 

それで、旅を終わって一枚の布が織れるわけですけど、一枚の布というのは何かというと、テレビ番組だったり、こういう本だったり写真集だったりします。
しかし、それは表面上のことで、自分にとって一番大切な布は何かというと、そういう「モノの見方とか考え方」です。

あるいは、誰でも考える普遍的な問い「我々はどこから来たのか?
我々は何者なのか?
我々はどこへ行くのか?」 というゴーギャンの大作の名前がありますが、その問いを誰でも考える。
多分太古の人がアフリカから出て南米へ向かう時も、きっと森の中でたき火にあたりながら、鳥のさえずりとか虫の鳴き声を聞きながら、多分同じようなことを考えたと思います。
その答えが一枚の布なんです。ですが、8年数ヶ月の旅で答えが出るはずがない。
哲学者も思想家も一生懸命考えてもやっぱり出ない答えだと思います。
それでも私が旅を続けてきたのは、やっぱり旅がヒントを与えてくれるということでしょうか。
旅をしていると、自分で歩いていろんな人に話を聞く、自分の目で見て、自分の五感で感じて、それで自分の頭で考えるクセをつける。
とにかく自分で解釈する。他人に自分の言葉で伝えるということができる。

 

 答えは出ないかもしれないけど、旅は多分大きなヒントを与えてくれると思っています。
一生かかってその問いを抱いて旅を続けたいと思います。
まず、到着地だったアフリカの世界から話そうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


そしてアフリカと新大陸やユーラシア大陸とを比較しながら、話を進めていきたいと思います。



Photo by:sekino



 

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