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廣松 渉

廣松 渉(ひろまつ わたる)
故人



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プロフィール
著書 
シンポジウム・講演会
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研究室から
・廣松渉氏の遺稿整理を再開   小林昌人 

◎書評:
「本格的・意欲的な廣松論 ”ポスト廣松世代”の若手による」
 小林昌人
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◇◆ プロフィール ◆◇

廣松 渉(1933ー1994)
1933年福岡県柳川市生まれ。
1946年中学1年で青共(青年共産同盟:現在の民主青年同盟)に加盟。
中学3年には全国大会に代議員として参加。1949年伝習館高校入学。「20歳以上」の党員資格の例外として日本共産党に入党。
翌年学内で反米ビラをまき、退学処分を受ける。51年大検(大学入学資格検定試験)で受験資格を取得して1952年学芸大学に入学。翌年退学し、54年東京大学へ入学。
歴史研究会に所属して筆名や匿名で盛んに執筆活動をする。59年文学部哲学科卒業。
1965年東大人文科学研究科哲学専門課程博士課程単位取得退学。同年名古屋工業大学に就職。
1967年名古屋大学講師、1969年名古屋大学助教授となるが、1970年3月、学生叛乱を支持して名古屋大学助教授を辞職。
以降、市井の哲学者・マルクス主義理論家として刺激的な発言と研究を続々と世に送る。1976年法政大学、東京大学等の非常勤講師を経て、東京大学助教授。1982年東京大学教授。

1994年3月東大を定年退官後、河合文化教育研究所主任研究員に就任。

同年5月22日午前9時48分呼吸不全のため永眠。
享年60歳。
同25日、東京・高輪で無宗教式の告別式。
喪主は邦子夫人、葬儀委員長は山本信・東京女子大学学長/東大名誉教授。
佐々木力、吉田宏哲、木村敏が弔辞をよむ。通夜、告別式合わせて約600人が参列(弔電150通以上)。

お招きする準備をしていた「廣松渉研究室」をその業績を記念して保存することを決める。
その後、岩波書店から『廣松渉著作集』が出版されることになり、「廣松渉研究室」は著作集編集の拠点となった。

その後整理されたノートや遺稿も保存されている。
なお、『廣松渉著作集』への助成と「廣松渉著作集刊行記念シンポジウム」(96年6月21日岩波書店主催)への協賛も本研究所がおこなった。

近年隣国中国での評価が高まり、『存在と意味』をはじめとして主要な著作の翻訳がなされ、南京大学には「廣松哲学研究室」が作られて業績が展示されている。
また2007年には中国の十余の主要大学・研究機関の哲学者28名が来日し、廣松哲学の意義と可能性を語るシンポジウムが開催された。

 

 

◇◆ 著書 ◆◇

『マルクス主義の成立過程』
『マルクス主義の地平』
『唯物史観の原像』
『世界の共同主観的存在構造』
『事的世界観への前哨』
『もの・こと・ことば』
『存在と意味』第1巻、第2巻
『今こそマルクスを読み返す』『廣松渉コレクション』全6巻
『廣松渉哲学小品集』『廣松渉著作集』全16巻(岩波書店)ほか多数

〈主な訳書〉
マッハ「感覚の分析』(共訳)
マルクス・エンゲルス『手稿復元新編輯版ドイッ・イデオロギー』ほか


詳しい年譜と著作目録は河合文化教育研究所発行の『廣松渉 マルクスと哲学を語る』の編者小林昌人の手によって作られている。



◇◆ シンポジウム・講演会 ◆◇

廣松渉とマルクス主義哲学・国際シンポジウム(2007)