HOME  >  主任研究員・特別研究員  >  渡辺 京二

渡辺 京二

  

渡辺 京二(わたなべ きょうじ)


。。。。。。。。。。。。。。。。

プロフィール
著書 
わたしが選んだこの一冊
わたしの近況
。。。。。。。。。。。。。。。。







◇◆ プロフィール ◆◇

文教研主任研究員
法政大学社会学部卒
日本近代思想史家
思想家
評論家

あり得べきもう一つの日本近代を背景にした独自の視角からの日本近代論、近代思想史家論で著名。
一貫して在野の研究者として生きる。

幕末明治期の数多くの海外文献を精査して著した『逝きし世の面影』が、近代以前の日本のイメージを一新させたということで多大な衝撃を世に与えたことは記憶に新しい。
1999年度第12回和辻哲郎文化賞受賞。

2010年、これまで解明されてこなかった明治維新前夜の北方史を、ロシアと先住民族アイヌ、日本の三者が持った異文化接触のエピソードを通して初めて活写した『黒船前夜-ロシア・アイヌ・日本の三国志』が刊行。
大きな注目を集めた。
2010年第37回大佛次郎賞、第60回熊日賞を受賞

河合塾福岡校で1981年より2006年までの25年間現代文科講師をつとめる。
ここ数年、新刊や著書の復刊が続いている。
また多くのインタビュー記事も新聞や雑誌に掲載され、1年間に11冊も出版されたこともあった。
これは2012年夏『文教研の栞』で特集を組んだ。


2019年、第70回読売文学賞「 評論・伝記賞」を受賞。


◇◆ 著書 ◆◇

『熊本県人 日本人国記』
『小さきものの死 渡辺京二評論集』
『評伝宮崎滔天』
『神風連とその時代』
『北一輝』
『日本コミューン主義の系譜 渡辺京二評論集』
『地方という鏡』
『私の世界文学案内 物語の隠れた小径へ』
『ことばの射程』
『なぜいま人類史か』
『逝きし世の面影』
『日本近代の逆説―渡辺京二評論集成Ⅰ』
『新編小さきものの死―渡辺京二評論集成Ⅱ』
『荒野に立つ虹―渡辺京二評論集成Ⅲ』
『隠れた小径―渡辺京二評論集成Ⅳ』
『日本近世の起源―戦国乱世から徳川の平和へ』
『江戸という幻景』
『アーリイモダンの夢』
『黒船前夜ーロシア・アイヌ・日本の三国志』
『渡辺京二コレクション〔1〕史論維新の夢』
『渡辺京二コレクション〔2〕民衆論民衆という幻像』
『未踏の野を過ぎて』
『細部にやどる夢―私と西洋文学―』
『熊本県人 言視舎版』
『ドストエフスキイの政治思想』
『もうひとつのこの世ー石牟礼道子の宇宙』
『近代の呪い』
『万象の訪れわが思索』
『幻影の明治-名もなき人びとの肖像』
『無名の人生』
『気になる人』
『さらば、政治よ-旅の仲間へ』
『父母の記-私的昭和の面影』
『私のロシア文学』
『新編 荒野に立つ虹』
『日本詩歌思出草』
『死民と日常-私の水俣病闘争』
『バテレンの世紀』
『原発とジャングル』
『預言の哀しみ』
『夢ひらく彼方へーファンタジーの周辺』上・下

インタビュー
「渡辺京二 2万字インタビュー」アルテリ 七号 八号

共著
『近代をどう超えるかー渡辺京二対談集』
『女子学生、渡辺京二に会いに行く』
『日本の国土-日本人にとってアジアとは何か』


最近解説したもの
・多重空間を生きる  (坂口恭平『幻年時代』解説)
草莽の哀れ (村上一郎『幕末-非命の維新者』解説)
・問題の「はかなさ」を知る人 (橋川文三『幕末明治人物誌』解説)


◇◆ わたしが選んだこの一冊 ◆◇

・2010年 『徳政令』笠松宏至 著 
・2011年 『共生の生態学』栗原康 著
・2012年 『コーヒーが廻り世界史が廻る』――近代市民社会の黒い血液 臼井隆一郎 著
・2013年 『漢字』――生い立ちとその背景―― 白川静 著
・2014年 『アジアの歴史』東西交渉からみた前近代の世界像 松田壽男 著
・2015年 『バベットの晩餐会』イサク・ディーネセン 著  桝田啓介 訳

 

 




◇◆ わたしの近況 ◆◇

(2017年 春) 完結した「バテレンの世紀」

(2015年 夏) 来しかた行く末

(2013年 夏)  私の近況

(2012年 夏) わが誇大妄想


◇◇ 近 況 ◇◇

完結した「バテレンの世紀」 (2017年主任研究員会議での発言より)

「バテレンの世紀」というのは、毎回毎回この席(主任研究員会議)で私、「今年も連載しております」「今年も連載しております」と申し上げていたんですけど、やっと完結しました。
 去年(2016年)の12月号で完結しました。全体で129回。一回が短かったものですから、こんな長い連載になってしまったんです。この「バテレンの世紀」というのは要するに16、17世紀、the Christian century in Japanと言われるね、そういう時代ですけど、それについて、ポルトガルがアフリカを廻ってそして日本までやってくる道筋、それと同時にイエズス会がやってきて、それから最後にはとうとう追放されたという、そういうキリシタン史なんです。

 で、なんで私がキリシタン史をやらなきゃいけないか、これは変な話で、まあなんか行きがかりで書いちゃったっていう。ただ書いてるうちは面白かった。キリシタンの、当時の宣教師の記録がたくさんありましてね、これが面白いんです。ですからその面白さに惹かれてですね、書いたので、学問的なものじゃありません。

 キリシタン研究はですね戦後ものすごく進歩しておりまして、和辻哲郎さんが『鎖国』という本を終戦直後すぐ書いたんですけど、その頃とは比較にならない。和辻さんは『鎖国』というので一応キリシタン史を書いたわけですけど、もうあれは何ていうのかな、もう古いわけですね。研究的に見ても。だから僕は和辻さんにはお世話になりましたから、いろんな和辻さんの本には。和辻さんに別に恩返しする必要はないんだけど、気持ちとしては和辻さんに対する恩返しみたいな気持ちで書いたのかなと思っております。これは今年中に本になります。A5判でかなり厚い本になると思いますね。

 キリシタン学というのは戦後長足の進歩を、というのは原典に当たるようになったからね。イエズス会とかなんかね、膨大なね、あるんですよ、文書が。そしてそれまでね、いろいろ活字になってるけどね、都合の悪いところは省いてる。宣教上都合の悪いところは。だから資料集が出てるわけですけど。

 だから元の文書に戻ってね、いま研究が進んでいるからね、すごいんですよ今のキリシタン学。だから一応僕の方はそのキリシタン学の研究成果をね、まとめたっていうことですね。というのは学者は通史を書かないからね。通史を書いたって業績にならないから。通史書いたら大変ですよ、これね。だからキリシタン学者って言ったってね、全部通史をやってるわけではなくて、ある局面をやってるわけだからね。だから通史を書いたってあなた、ぜんぜん業績にならないからねえ。書かないんです。あの人たちが書くなら、僕が書くことは何もないんですけどね。だから今度の本は、まあひとつだけ褒めていただきたいのは、「よく勉強した」っていうことですね(笑)。「勉強しました」ぐらいのことですね。

 

 

(2015年 夏)
 来しかた行く末

六十代になってから私は三つ大きな物語を書いた。『逝きし世の面影』『黒船前夜』『バテレンの世紀』である。『バテレンの世紀』はまだ連載中だがもう峠は越えていて、あと一年以内で完結するはずだ。『逝きし世の面影』の副産物というべき本も二冊書いた。『日本近世の起源』と『江戸という幻景』である。

考えてみれば、以上はみんな日本近代とは何かという関心が生んだ序説だった。日本の近代については、それ以前に『評伝宮崎滔天』『北一輝』『日本コミューン主義の系譜』といった本で、粗いアイデアだけは出していた。もっと考えを詰めるためには、時代を遡らねばならず、それが六十代以降の仕事となった。さてもう一度、本来の課題たる日本近代に立ち帰るべき時が来たいま、私はもう八四歳になっていて、目はかすむ、記憶はボケる、腰は立たぬという有様で、年来の課題たる「開国」物語が書けるかどうか、まことに心許ない。文献はもう集めてある。ある程度読みこんでもいる。

近く完結する『バテレンの世紀』で扱ったのは、日本の西洋との最初の出会い、つまりファースト・コンタクトである。だとすれば幕末の「開国」はセカンド・コンタクトで、これを書かねば浮かばれぬ気がしないでもない。しかし、来春、またもや大きな物語にとりかかる気力が残っているかどうか。それにもうひとつ。私は十代から西洋文学に養われてきた人間なのに、気づいてみればまだジョージ・エリオットもヘンリー・ジェイムズも主要作を読み残しているのだ。エリオットはわずか『ミドルマーチ』と『サイラス・マーナー』しか読んでいない。エリオットとジェイムズは例を挙げただけで、ほかにも読み残している作家は沢山あって、訳本だけはいろいろ買いこんでいるのに、死ぬまで果たして読み了えられるかどうかがいまや問題となって来た。

実は読むだけでなく書きたい。少なくとも、シュティフターとチェスタートンとオーウェルについては何か書いておきたい。文芸評論家でも外国文学研究者でもないくせに、そんなもの書いてどうすると言われても、素人だから却って楽に書けるということはある。だが書くともなれば、うろおぼえに頼るわけにはいかぬから、また読み直さねばならぬ。読む方の力はまだ保たれている。それにしても西洋文学という奴は実に叙述がくどく執拗で、体力を消耗することおびただしい。何でこんな労働を強いられるのか。読むことと書くことに呪われた一生だったのか。

近況報告といえば以上のような次第で、われながら滑稽という気がする。といっても本人としては泣き笑いのつもりだ。





(2013年 夏)
  私の近況

 今年は三冊本を出すことになる。一冊はこれまで書き溜めた石牟礼道子論を集めたもの。『もうひとつのこの世』というタイトルで、六月に弦書房から出た。彼女の『天湖』というとても風変わりな小説について、私なりの論を書きおろして収録できたのが何よりだった。

 二冊目は熊本大学その他で行なった講演五本を収めたもので、「平凡社新書」の一冊として十月に出る予定だ。熊大で頼まれたのが「近代再考」といったテーマだったし、大体その線にそう話を集めたので、それにふさうタイトルを平凡社の方で考えてくれることになっている。新書を書いてくれと頼まれてもう何年も経っている。やっと約束が果せた。

 三冊目は『万象の訪れ』というタイトルの短文集で、弦書房からこれも十月に出ることになっている。一九六〇年代からいろんな場に書いて、まだ本に収めていなかった短文を取り揃えた。いくらか私の試行錯誤のあとを示すものになってくれるかも知れない。三冊とも、以前の仕事をまとめたものだし、たいして思考に進展がないのがはずかしい。今年はもう無理にしても、来年出そうと思っている本も何冊かあるが、それもまだ本に収めていなかったものをまとめる性質のもので、何だか死を前にして店じまいの準備をしているようだ。

 とにかく谷川道雄先生に死なれたのはこたえた。四月、研究員会議で気迫に満ちたお話を聞いたばかりなのである。私はむかしから同年輩の友より、五、六歳以上年長の人たちが好きで、ウマが合った。道雄先生は人柄が無条件に魅力的で、しかもお仕事の方向に共感が持て、そして何よりも現実と相渉る学問を希求なさる熱情に、つねに励まされる思いがして来た。もうあの気品あるお姿を見ることがかなわず、哀しい。店じまいなどと言えば、先生から軽蔑されるだろう。なけなしの気力を絞るしかない。

 〈注記〉
 「平凡社新書」の拙著は『近代の呪い』というタイトルで刊行された。



(2012年 夏)
 わが誇大妄想

 去年は本を三冊出した。一冊は『女子学生、渡辺京二に会いに行く』という、面映いタイトル。これは津田塾の三砂ちづる先生がご自分のゼミ生を熊本へ率いて来られ、さるお寺で二日間話し合ったのが本になったもの。すべては三砂先生と、亜紀書房の足立恵美さんの計らいで進行したもので、私はただ例によってとりとめもなく喋り散らしただけであった。わざわざ熊本まで来られたので、一行を一夕馴染みのイタリアンレストランへご招待したのが楽しかった。

 もう一冊は『未踏の野を過ぎて』と題して、ここ数年新聞・雑誌に書いたものや講演を集めて一冊にした。たまたま世相を論じたものをまとめた形になって、小言幸兵衛に化した気分で、後味はよろしくない。もうこんな文章は書くまいと思ったことである。出版は福岡市の弦書房で、これで私の本を四冊も出して下さった。

 さらにもう一冊は『細部にやどる夢―私と西洋文学』といって、副題にもある通り西洋文学について書いた文章をまとめた。私は文芸評論家でも大学の外国文学部の先生でもないから、ただ少年以来のヨーロッパ文学への愛を語っただけである。これも福岡市の石風社から出してもらった。社主の福元満治さんとはもう四十年を越す知り合いだが、本を出してもらうのはこれが初めて。また次の本を出してくれないかな、などと虫の好いことを考えている。

 以上に加えて、去年の暮れから今年初めにかけて、旧著が三冊復刊された。『私の世界文学案内』(ちくま学芸文庫)、『熊本県人』(言視舎)、『ドストエフスキイの政治思想』(洋泉社)である。いずれも、これまた四十年にわたるつきあいの小川哲生さんの肝入りである。小川さんは去年『わたしはこんな本を作ってきた』という著書を出された筋金入りの編集者だ。

 私は本を出すたびに、この世にゴミをふやしている気がしてならない。そんなら出すなと叱られそうだが、それは私の世渡りだから仕方がない。私は文を売るしか、世渡りの術を知らぬのである。はたち代、肺病あがりの身でどうやって世渡りすればよいのか途方に暮れて、自分の書いた文章が金になればよいのにと溜息をついていたことがある。八十越して、文章でメシが喰えるようになったとは実に滑稽だ。しかし、本屋に行くと本の洪水で、これはもう公害だわいと思う。その公害の一端を担っているのかと思うと尻が落ち着かない。私の本などこの洪水の中で目につきはしないのだが、たまに自分の名を見つけるとギョッとして逃げ出したくなる。してみると、自分の顔を売っている芸人諸君はずいぶんしんどい思いしているはずだ。それとも、あの人たちは神経の出来が違うのかな。

 私は世の片隅にかくれ棲んでいたい。文を書くのは生きていて呼吸するのとおなじで、自分のエゴのいとなみにすぎない。しかし、その文を売って暮している以上、商売はある程度繁昌してくれないと困る。実に矛盾である。自分はかくれていて、本だけ売れてくれれば、これが一番よろしい。

 といって生きている以上、書きたいことはいくらでもある。現にある月刊誌で六年も続いている連載にケリをつけねばならず、しかしそれにはあと三年はかかりそうだ。これは一種のキリシタン史で、和辻哲郎さんへの恩返しのつもりで始めたら、とんでもない長丁場になってしまった。ほかにやっておきたい仕事がいくつかある。私がそんなことをしないでも、世の中にいささかの損失もないと承知してはいるが、自分の執念をなだめるためにもう少し本を書きたい。それにしてもいつまで仕事ができるつもりなのか。持って生まれた誇大妄想は死ぬまで癒らないのだ。